先に紹介した丹沢山地中央部のトーナル岩ができたのは、最近の年代測定によると500-400万年前とのこと(日本地質学会のHP)。500万年前とすると、丹沢が関東山地に衝突した後になる。この時マグマが上昇してきて周囲の岩石を溶解させて入り込んだ(貫入、かんにゅう)のである。私は、これが丹沢火山島の芯の部分であると思っていたのだが、違っていたようだ。
このマグマであるが、丹沢山地の付近にあった海洋プレートの沈み込み帯の地下深く生成し、上昇してきたものという。関連の本を何冊か読んだが、そのメカニズム(「玄武岩質岩石の選択溶解」など)に関しては理解が難しかった。ただ、プレートの沈み込みの場と水の存在が必須であることは確かなようである。
マグマの上昇はあるところで止まってマグマだまりを作る。さらに上昇して火山として噴出する場合もあるが、そのまま地下でゆっくり冷えると完晶質の火成岩となる。丹沢のトーナル岩はそれが風水の侵食により露出したものと考えられている。
画像は相模川の河原で拾ったゴマシオ石の一つである。白い生地(斜長石と石英の結晶)の中で黒い角閃石の結晶が流動したような様相を示す。その中に同色の細かい点々模様の塊(捕獲岩ほかくがん)が見える。これは以前紹介した変成岩の角閃岩と思われる。
専門家ではないので間違っているかもしれないが、この石はトーナル岩質のマグマが丹沢に貫入した時の様子を表しているように思う。
丹沢山地の火山噴出物由来凝灰岩などがマグマの超高熱で焼かれて一部が溶解して入り混じった。溶け残った部分は変成して、角閃岩として捕獲岩になった、と考えられる。なお、相模川と源流地帯を共有する反対側の酒匂川の上流にも同じような石が存在するそうである。(「川原の石ころ図鑑」渡辺一夫)。